30年間の通訳者としての経験
最初の通訳者経験
私はこれまでの30年間、他の通訳者さんと同様、いくつか異なる種類の経験をしてきましたが、その都度、私が感じた通訳者の仕事は本当に様々なものでした。
まず、ホントにホントの最初は、私が通訳養成所に入って数か月経った頃、 私達のクラスの担当者だった先生の紹介で行った仕事でした。
そこは、世界中で有名になった日本の産業の発展具合を勉強する為に、 日本に来て数年間勉強するという(発展途上国からやってきた、 その国のトップエリート達の)養成機関のクラスのひとつでした。 ここでのてんやわんやの様子については、他の記事でお話ししましたので、 もし興味のある方がいらっしゃったら、その記事を読んでみてくださいね。
逐次通訳者としての初期の経験
最初の頃は、地元の通訳派遣会社に所属していましたが、 その頃は、毎日、毎回、違う場所、違う内容、違う種類の仕事をしていました。 ある時は、国際会議が終わったあとのパーティの付き添い通訳、またある時は、 日本語が話せない外国人に付いて、観光地に行って通訳をする所謂観光ガイド (当時、観光ガイドの資格を持っていました。今も持ってますが(笑)、 そして、多くの外国人達が出席するパーティでのスピーチの通訳、 また、日本に滞在している外国の大使、外交官、有名人(俳優とか、)、 もう思い出せないくらい様々な通訳業務に従事してきました。
その頃、私が感じてたこと
その頃一緒に仕事をした通訳者には、帰国子女やハーフの人が多かったです。 そうそう、外国人と結婚している何人かもいました。 総じて、彼らは子供時代から英語に接していた人達でした。 私の高校時代からの付け焼刃の英語は、歯が立たない世界でした。 彼らは全員、ほぼバイリンガルだったように(私には)思えました。
それから1段上がった会議通訳者時代
私は、日常会話はそれほど得意ではありませんでしたが、長いスピーチや議論、講演などの (所謂)固い、長い英語の通訳は、他の大勢の通訳者よりマシだったようです。 というのは、派遣会社から私の指名が多くなってきて、より難しい会議の通訳をした時ほど 評価が高かったようなのです。
そこから一挙に同時通訳者に!
当時の派遣会社は、最初はちょっと不安気な様子でしたが、 思い切って私を会議通訳者として送り出してくれました。 その派遣会社は、それほど規模が大きくなく、そこの社長も派遣担当者も、 私と友達のようになっていて、私を送り出す時に、 「ちょっとやってみてくれない?今まで悪い事を言われた事がない人だし、 なんとかやってくれるのを期待してるからね」と言っていました。 私より、会社の人達の方が、勇気のいる決断だったようなのです。
他の日本の大手通訳派遣会社からオファーが来ました
先程の会議通訳者としての仕事にもクレームは来ず、何とかこなしたあと、 日本の通訳業界で有名な大手通訳派遣会社から、「新しい通訳者さんを探しているんですよ。 試験を受けに来てくれませんか?」という連絡が来ました。
数日後に行ってみたら、十数人の人達がいました。ここで試験を受けるみたいなのです。 私の最初の通訳派遣会社では、もともとそこの教室の生徒だった私が、先生の推薦で仕事に行き、 そこでの結果を受けて、教室の生徒から通訳者になったので、 こんな経歴の私には、試験を受けて通訳者になる!というのは初めての経験! おっかなびっくりで行ったのですが、試験が終わったあと担当者さんが、 「貴方の評判がいいのはなるほど、と思いましたよ。これからよろしくお願いします」 と言われて帰ってきました。 (やったぁ!)
まもなく、その派遣会社から仕事のオファーが来ました。今までやった事のない分野でした。 今までは、中部地区の産業である製造業を主として、商談、売り込み、会社内でのプレゼン、 ほかにパーティなどをやっていたのですが、 その派遣会社から、所謂国際会議での仕事を要請されるようになったのです!
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